江戸時代、寺子屋の授業料はいくら?

http://crd.ndl.go.jp/GENERAL/servlet/detail.reference?id=1000030144

明確な定めはありませんが、一般的に寺子屋に通う場合は師匠に謝礼を納めました。江戸と地方では謝礼の傾向が異なりましたが、江戸では銭を納める事が多かったようです。謝礼の具体的な例をいくつか挙げると、まず寺子屋への入門時には師匠弟子達揃っての礼式が行われました。『江府風俗志』によると、入門者は「赤飯・煮しめ・酒肴・目録、或いは百疋、身分相応金銀一二両」を用意するという大仰なものでしたが、延享宝暦頃から徐々に簡略化され、庶民も手軽に寺子屋に入れる様になったと言います。月謝の例としては江戸末期頃になりますが、毎月「一朱銀を二つ持ってゆき」、また二十五日には天神様の天神講のための銭を用意したそうで、「さしに差した金を一本持ってゆきましたが、一本でいくらあったかは知りません」と言う証言があります(『史話江戸は過ぎる』(河野桐谷/編 新人物往来社 2106/ 179/069))。そのほか盆暮などに付け届けが行われていたようです。もちろんこれらもすべての寺子屋に当てはまるわけではなく、一例であることは言うまでもありません。

莫然とした質問には莫然としか答えられないことが多いのですが,具体例も示されており,うまい回答だと思います。
回答にもありますが,江戸と地方では全然違うでしょうね。でも,寺子屋について調べたいというのは定期的に受けるレファレンスだと思います。ほとんどは地元の寺子屋事情です。どの地方に行っても,教育史や教育事情についての資料はあるもので,たとえば県史の教育編とか,○○県教育五十年史とか,そういうの。ただ,授業料の記述となると,あったりなかったりでしょうか。丹念に資料を読めばその地方でどんな授業が行われていて,月謝はどれくらいで,講師はどんな人がつとめていて,というのはわかるかな,と。
こういった江戸時代の状況を資料とともに,紹介するというのは面白いですね。専門図書館ならではの資料もあるでしょう。ぜひ,こういった専門図書館レファ協に積極的に事例の提供を行っていただけると,厚みが増すと思います!