宮沢賢治の「目標をもたぬ教師が、どうして子どもに胸を張り、目標に向かって頑張れといえようか。計画をもたぬ教師が、どうして子どもに計画をたて頑張れといえるだろうか」という詩が集録されている図書をさがしています。たぶんこれは全文ではなく、一部分だと思います。その全文が知りたいそうです。

宮沢賢治の事例を引き続き取り上げてみようと思います。国立国会図書館提供の事例で,今回のものはよくある未解決事例です(なんだか変な言い方になっていますが)。

ご依頼の文章は、他の図書館からよくお問い合わせのある宮沢賢治の作ではないかとされている「私が先生になったとき」と題する一連の詩の一部に類似しています。この詩の語句や照会事項の欄に記載のある類似した語句については、当館でも宮沢賢治の著作や伝記を調査しましたが該当する作品はなく、作者は判明せず、全文は不明です。
ご参考までに、「私が先生になったとき」と題した詩を掲載している文献の掲載箇所を、下記にあげます。

(1)『新英語教育』1985年4月号 (当館請求記号:Z7−366)
   該当箇所:6ページ
(2)『子どもといっしょに読みたい詩』小林信次、水内喜久雄編著 あゆみ出版 1992 (当館請求記号:KH13-E120)
   該当箇所:1ページ

http://crd.ndl.go.jp/GENERAL/servlet/detail.reference?id=1000014128

回答を読むといろんな図書館から問い合わせが来ていることがわかります。
いろんな人がいろんなところで調べているのですね。作品集や著作集,伝記の類などから調べるという手順は蔵書の規模が違うだけで,国立国会図書館もまちの図書館も一緒です。
今のところ,作者はもちろん,そもそもこの詩の全文もわかってないのですね。なにか進展があるとすれば,新たな資料が発見されたときでしょう。
それまではこの事例のような回答が中心になると思います。あんまりほめまくっているように思えないかもしれませんが,こういうどうしようもない未解決事例も探せるところに,レファ協の良さがあるのです!

<関連する事例>
「「私が先生になった時」という宮澤賢治が書いた詩がよみたい。」http://crd.ndl.go.jp/GENERAL/servlet/detail.reference?id=1000012757