2007年1月26日に安倍晋三総理大臣による施政方針演説があったが、その結びで「出来難き事を好んで之を勤るの心」という福沢諭吉の言葉を引用している。その出典について知りたい。

施政方針演説は通常1月に招集される通常国会の冒頭で,政府の政策指針や重要政策を述べる演説です。この施政方針演説は総理大臣個人の考え方を表明する所信表明演説とは異なります。
質問自体は,言葉の出典調査ということで,よくあるタイプのレファレンスと言えるでしょう。このようなレファレンスは調査にとりかかる前の準備が大事です。
回答を引用します。

“出来難き事”をキーワードとして日経テレコン21(http://telecom21.nikkei.co.jp/nt21/service/)で検索したところ、「日本経済新聞」夕刊2007年1月26日の3ページが該当し、この言葉が「慶応義塾の学生に向けた1886年の演説『成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ』の一節」とわかる。

『個人著作集内容総覧?総記』(日外アソシエーツ)のp156-159にかけて『福沢諭吉全集』(岩波書店)の各巻内容細目がある。
上記の題での見出しはないが、第10巻に「明治19年(1月〜3月)」、第11巻に「明治19年(4月〜12月)」が収録されており、前者の『福沢諭吉全集第10巻』(岩波書店)に「成学即身実業の節、学生諸氏に告ぐ」という題の演説筆記が掲載されている。
具体的には「一歩を進めて考ふれば説なきにあらず、即ち余は日本の士族の子にして、士族一般先天遺伝の教育に浴し、一種の気風を具へたるは疑もなき事実にして、其気風とは唯出来難き事を好んで之を勤るの心、是なり」と前後が続いている。

また、「Webcat Plus」(http: //webcatplus.nii.ac.jp/)による“成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ”のキーワード検索では『福沢諭吉教育論集』(岩波書店)の目次に該当がある。

http://crd.ndl.go.jp/GENERAL/servlet/detail.reference?id=1000033507

順に見ていくと,まず施政方針演説そのものを確認しています。これは調査のとっかかりをつける意味で重要なプロセスです。施政方針演説そのものを入手するのはそれほど難しいことはありません。その日の新聞夕刊,もしくは次の日の新聞朝刊に全文が載ることが多いですし,ここ数年分であれば官邸のWebサイト からも入手できます。また,演説とはいえ,国会の本会議でおこなわれるものですので,国会会議録検索システム からも入手できます。いずれの方法でも一次情報(ここでは平成19年1月26日の衆議院本会議,参議院本会議で行われた施政方針演説のテクスト)を確認しておく,あるいは,調査に行き詰まったら立ち戻るというプロセスを忘れずに行うことが必要です。
ただ,この事例の場合,福沢諭吉の言葉としてはわかるのですが,出典までは演説だけではわかりません。今回は新聞記事に出典もわかりました。新聞記事を引いてみることによって付随する情報を入手できる可能性があることを覚えておくべきですね。この事例はうまくそれを見つけ出しています。
次いで,『個人著作集内容総覧』を参照していますが,これはレファレンスツールとしては絶対に外せない資料と言えるでしょう。簡単に言えば,というよりも,タイトルが示しているとおりなのすが,個人著作集の目次集成です。「ナントカ全集」の「○巻」に「△△」という著作が所収されているというのが,このツールでわかるわけです。この事例でいうと,福沢諭吉の著作集・全集ですが,求めるものは諭吉が明治19年に学生に向けて演説したという「学生諸氏に告ぐ」です。演説のタイトルは資料によっては異なるかもしれないということも想定し,見出しになかったからといって,あきらめてはいけません。この事例のように,「明治19年」という情報に注目して調査する方法もあるのです。果たして,後者の方法で見つけることができました。後は,所蔵調査を行えば求める資料に辿り着くことができるでしょう。
これだけでも,回答として成り立ちますが,他にもないか調べています。Webcat-plusで引いたときには,先の『福沢諭吉全集』とは異なり,『福沢諭吉教育論集』がヒットしました。こちらの全集にも収録されているようですね。
ちなみにNDL-OPACでも,「学生諸氏に告ぐ」をキーワードに検索すると,事例にあげられたものとは異なりますが,次の書誌が見つかります。

この事例では,一つの情報をいかに展開して,さまざまなレファレンスツールを選択し,調査していくか,というプロセスが非常に明快です。オンラインデータベースも冊子体の書誌も見事に使いこなしている点は見習うべきでしょう。
今日では図書館の蔵書目録はほぼ電子化されているのですが,全集・著作集のすべての目次が電子化されているわけではありません。作品がわかっていても,全集にたどり着けない,ということはよくあります。とくに電子目録が普及する以前のものは,紙媒体での目録を電子化したものが多く,細かい内容まで電子化されていないことがあります。OPACを引いて「ありません」と即答せずに,各種書誌を面倒くさがらずに引くことが大事ですね。そして,見出し語だけみて「ありません」と即答することなく,いま自分はどれくらいの情報を得ているのか,それを十分に生かした調査をしたかどうか,確認してから回答を出したいものですね。
そういう意味でも,この事例の回答はとてもすばらしいものだと思います。