『塵劫記』を探している。

今年2008年は有名な和算家である関孝和の没後300年です。各地で和算に関する企画展やイベントが行われたようで,nachumeもいくつか和算書の展示に携わりました。
ということで,和算に関するレファレンス事例をいくつか取り上げてみたいと思います。年を越すとせっかくの微妙な和算ブームである関の没後300年から外れてしまいますし……。
さて,いきなりですが,和算書といえば「塵劫記」です!
と言い切ってしまってもよいと思いますが,この「塵劫記」は江戸時代を通じて数学書のベストセラーだったと言われています。そんな「塵劫記」にどのようにアクセスしたらいいか,この事例と一緒に見ていきたいと思います。

下記文献の所蔵があった。

塵劫記』初版本 : 影印、現代文字、そして現代語訳 / 吉田光由著 ; 佐藤健一訳・校注 研成社 , 2006 寛永4年版 ISBN:4876394091 
塵劫記 / 吉田光由著 ; 大矢真一校注 岩波書店 , 1977 (岩波文庫 青-24-1) ISBN:4003302419 
塵劫記 / 吉田光由著 大阪教育図書 , 1977 3冊 寛永8年大型三巻本の複製 別冊:塵劫記 現代活字版, 塵劫記論文集 和装 

和算資料全文画像データベース(東北大学)で画像が公開されていた。 
塵劫記・改算記類 
http://www2.library.tohoku.ac.jp/wasan/wsn-list.php?cls=j (2008/07/18確認)

http://crd.ndl.go.jp/GENERAL/servlet/detail.reference?id=1000045890

質問を受けたライブラリアンが,「塵劫記」がどんな資料なのかについて全く知識がない場合,つまり江戸時代の数学書だということが分からないと少し遠回りをすることになるかもしれません。和算に関する本であるということが分かっていれば,それだけ早く資料提供に至ると思います。
多少くどいのですが,少し考え方の手順を整理してみます。
OPACに「塵劫記」というキーワードを入れれば遅かれ早かれ「塵劫記」は江戸時代の数学書だということが分かると思います。この事例にも挙げられている『「塵劫記」初版本』(2006,研成社)や,『江戸のミリオンセラー『塵劫記』の魅力』(2000,研成社)などが見つかるのではないかと推測されます。これらのタイトルからなんとなく,昔の本なのかな? という思考がとれるといいと思います。蔵書規模がそれほど多くなくとも,例えばNDL-OPACでタイトルに「塵劫記」を含む資料を検索した結果一覧を眺めているだけで,なんとなく国書,古書の類なのかなーという推測は十分に可能でしょう。というよりレファレンス・ライブラリアンとしては,このあたりの作業で推測可能になってほしい所です*1
原資料であれば所蔵機関を,そうでなければ影印資料や翻刻資料を探しているのか,それとも解題資料を探しているのか,など質問者の要求になるべく添えるような本を探していくことになります。
この事例では,原資料というよりは翻刻資料を提供しているようですので,おそらくそういう要望が質問者にあったのだと推測できます。
原資料の所蔵機関であれば,定番の参考資料である『国書総目録』や「日本古典籍総合目録」*2などを用いるのが一般的です。また,和算書というテーマであることから,比較的大きなコレクションとして有名な東北大学附属図書館,日本学士院をあたってみるというのも一つの手です。どの分野のコレクションがどの機関にあるかというのを一つでも二つでも覚えておくと,意外な時に役に立ちます。そして,原資料は通常の図書より厳しい閲覧制限がある場合も多いため,かならず確認が必要です。
原資料でなく,翻刻資料などをさがすのは目録を検索し,現物資料をあたるという通常の探し方と同じです。また,この事例のように,日本史に関する事典を参照し,必要な資料へ辿り着くのもうまいやり方ですね。
この事例では冊子体以外にも,インターネット上で公開されているデジタルアーカイヴも一緒に紹介しています。これもいいですね。ただし「塵劫記」は異版本やパロディ本などが多く,質問者の意図と違う資料の可能性もあるので,よく吟味検討することが必要です。このあたりの吟味は最終的には質問者(=資料を利用する人)がおこなうもので,レファレンス・ライブラリアンはその手伝いをすることを忘れずに。ちなみに「塵劫記」は吉田光由による初版本と改訂版がありますが,完全な形(著者の吉田光由が刊行した初版本,改訂版,それぞれ全3巻揃っている)ではあまり現存していないようです。
もう一つ,この事例の良いところがあります。この記事には引用していませんが,参考資料にISBNを付記している所です。これはいいですね。すばらしいです。一般に流通している本には概ねISBNコードが付与されていますので,参考資料として掲載する際,ISBNを併記するとその事例から資料へのアクセスがより容易になります。事例をさらに利用する際の便が良くなります。このことは今年2月に行われたレファレンス協同データベース事業参加館フォーラムで岡本氏の講演内で指摘されていた事でした*3。これをきっかけにしたのかどうかは不明ですが,このような事例の作り方の方がよりよいものだなと思いました。これは是非取り入れたいです。
個人的に,今年は和算付いていたのでちょくちょくのぞいていたので,和算に関するレファレンス事例を見つける度に気になって見ていました。これからも偶に紹介していこうと思っています。

*1:もっとも質問者と話をしているうちに分かるので上述の手順を踏むことは少ないと思います。しかしながら,かならずしも対面で質問を受けるとは限りません。メールでレファレンスを受けていると,おどろくほど簡単に「○○を入手したい」という一文だけ送信されてくる場合も少なくありません。もちろんこのような質問には回答の前にインタビューを試みます。

*2:日本古典籍総合目録 http://base1.nijl.ac.jp/~tkoten/about.html

*3:岡本真「レファレンス協同データベースに期待すること−Web標準、API公開、レファレンス再定義」『第4回レファレンス協同データベース事業参加館フォーラム記録集』)PDFファイルへのリンクです。