杉田玄白の「耄耋独語」(ぼうてつどくご)の原文を活字本で読みたい。『日本の名著 22 杉田玄白他』(芳賀徹責任編集、中央公論社刊)には現代語訳が掲載されているが、原文を読みたい。

「耄耋独語」は杉田玄白のエッセイです。「耄耋」は老人の意です。杉田玄白といえば解体新書とセットで名前が出てくることが多いのですが,玄白はまた一方で,蘭学についてのあれこれを書き残そうと「蘭学事始」などの手記も残しています。自分が亡くなった後,蘭学黎明期のことをどうやって後世に伝えるか,ということを彼は意識していた点で,nachumeはすごいなぁと思うわけです。
今回の事例では「耄耋独語」の翻刻を探すのですが,一般に,翻刻資料を探すということについても,参考になります。
まずは,回答と参考資料を引用します。

<回答>
都立DBを検索したが、活字本は見つからず。資料1、2などの杉田玄白の著作や解説からも、翻刻の存在はわからなかった。

[NDL-OPAC 雑誌記事索引]をキーワード<耄耋独語>で検索すると、4件の雑誌記事がヒットする。当館所蔵の雑誌 『比較文化研究』16 輯 (昭53年3月 東京大学教養学部比較文化研究室編  東京大学出版会)の記事「『玉味噌』と『耄耋独語』‥老玄白の未刊随筆二篇」 p.174- 191を確認したところ、p.174-182に「耄耋独語」の翻刻が収録されていることがわかった。 同p.182-191の解説によれば、慶応義塾大学医学部図書館蔵の写本が原文であり、『日本の名著 22』の訳者である芳賀徹が校注を行っている。また、『日本の名著 22』と比較した結果、全文の翻刻であろうと思われる。

また、資料4 p.698(3段目)には「耄耋独語」(もうてつどくご)で載っており、写本が慶応義塾大学信濃町メディアセンター(北里記念医学図書館)富士川文庫で所蔵していることがわかる。
同項目に、活字本として資料3に収録されているとの情報も記載されているが、資料5では、「耄耋独語」(もうてつどくご)の活字本として『医学古典集 4』に収録されているとの情報の部分を削除する、と訂正されている。

後日調査
都立DBの「件名」に<杉田玄白>を入れて検索しヒットしたもののうち、資料6、資料7に、原文の全文ではないが、一部原文も交え「耄耋独語」にふれている。このうち、資料6の巻末(p.271)に以下の注があった。
“『耄耋独語』については、慶應義塾大学医学部図書館所蔵の写本に拠り、芳賀徹「『玉味噌』と『耄耋独語』‥老玄白の未刊随筆二篇」『東京大学教養学部紀要・比較文化研究』第16輯 (昭和52年)を参照した。”

<参考資料>
【資料1】 杉田玄白・平賀源内・司馬江漢 / 杉田玄白‖[ほか著] / 中央公論社 , 1974 ( 日本の名著 22 ) /0810/N687/N1-22
【資料2】 杉田玄白集 / 杉田玄白‖[著] / 早稲田大学蔵影印叢書刊行委員会 , 1994.4 ( 早稲田大学蔵資料影印叢書 洋学篇 第3巻 ) /4021/3023/94
【資料3】 和蘭医話 / 伏屋琴坂‖著 / 医歯薬出版 , 1973 ( 医学古典集 第4 ) /4909/I137/I1-4
【資料4】 国書総目録 第7巻 ふ-よ . 補訂版 / 岩波書店 , 1990.9 R/0251/3002/7
【資料5】 国書総目録 第8巻 ら-ん・叢書目録・補遺 . 補訂版 / 岩波書店 , 1990.11 R/0251/3002/8
【資料6】 この生この死 : 江戸人の死生観 / 立川昭二‖著 / 筑摩書房 , 1989.7 /1210/3014/89
【資料7】 夜明けの人杉田玄白 / 杉靖三郎‖著 / 徳間書店 , 1976 /2891/ス27/1

http://crd.ndl.go.jp/GENERAL/servlet/detail.reference?id=1000024139

まず,翻刻資料を探す前に,原資料がどのようなものか,を確認しておく必要があります。この場合は,書名や著者名がある程度はっきりしていますので,すぐに翻刻資料を探すということでいいのですが,図書館に持ち込まれるレファレンスでは,書名しかわからない,漢字の一部と著者名しかわからない,など書名と著者名がはっきりしないことも多くあります。また,古典籍であれば,刊本なのか写本なのかなど印刷形態の違いも押さえておく必要があります。そのような情報はこの事例でも使われている『国書総目録』である程度わかります。ちなみに,『国書総目録』を引くと「耄耋独語」は写本で北里記念医学図書館富士川文庫に所蔵があることがわかりました。刊本で発行されてはいない模様です。
そして,翻刻資料ですが,もとめる資料は,単行本として翻刻され刊行されているのか,もしくは,単行本の中の一編として所収されているのか,あるいは,学術雑誌の一論文として所収されているのか,などその形態は様々です。
単行本として刊行されているものであれば,ある程度探しやすいと思います。NDL-OPACやNACSIS-WEBCATなど総合書誌を用いてタイトルや著者などに書名等をキーワードとして指定すれば,資料の存在は確認できます。あとは,自館で所蔵しているかなど,所蔵機関調査をすればいいですよね。そして,翻刻資料と思われる資料の解説などから,どの原資料を用い,どれだけ翻刻したのか,などの情報を同時に回答することが必須です。事例では,そのあたりの情報もきちんと押さえていますね。
単行資料で見つからないときに,ぜひ押さえておきたいプロセスとして,記事索引を使ってみる,というものです。
この事例でもあるように,NDL-OPAC雑誌記事索引を使って,研究紀要にあたっています。すると果たして翻刻が入手でき,原資料の書誌事項についても情報を得ることができました。
このような研究紀要の類は通常の書店流通網にはほとんど載りません*1。図書館ならではの資料の入手法です。
単行図書のみを探して「資料はありません」と回答することなどないようにしたいもの。
さて,この事例には後日調査の項があります。レファレンスの回答以外の情報を加えたものですが,記事索引以外からも,研究紀要に行き着く資料があることがわかりました。
このように,レファレンス事例は,レファレンスの回答と明確に区別されます。レファレンスの回答は質問者にのみ向けられたものです。レファレンス協同データベースはレファレンスの回答から「事例化」したものが掲載されており,より一般性をもたせたものとなっています。事例化というのは回答を元に,事後調査の結果を追加したり,あるいは,レファレンス協同データベースに提供した後,他の参加館からコメントをもらって情報を追加したり,というものです。情報が古くなれば,あるいは,より適切な資料が見つかれば,追記しておくというのは,後々のために必要なものです。
翻刻資料を探すときの一般的な手順や,回答時に注意すべき点,レファレンスの回答と事例についてなど,この事例一つでさまざまなことが勉強できます。内容としても,なかなか流通しにくい資料を紹介していることから,玄白関係の調べ物にも有用です。
このような事例作成を目標にしたいですね!

*1:灰色文献(グレイリテラチャー)と呼ばれる資料群です。